【書評】古代メソポタミアの歴史を豊富な図版で読み解く生きた通史書

 

 

 中公新書から2020年10月21日に初版発行された本。

 メソポタミアとは「川のあいだの地方」の意味で、ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域(ほぼ今日のイラクにあたる)をいう。高校の世界史でまず最初に学習する文明が、古代オリエント世界であることはご存知であろう。世界史の始まりがオリエントと呼ばれる「中東」から幕を切って落とされるのは、山川出版社の策略でも何でもなく、実際に人類の歴史が始まるのがオリエント世界だったからだ。西アジアの大半は乾燥地帯であり、大河流域のメソポタミアやエジプトでは古くから灌漑農業が展開されて、いち早く文明の段階に達した。メソポタミアはその地理上の位置関係から、絶えず異民族の流入を受け、好むと好まざるとに関わらず、戦争と滅亡を繰り返してきた。エジプトはメソポタミアと比較して圧倒的に安定した地盤を築き、死後の世界を考える余裕すらあったのかもしれないが、現在を形づくる暦や貨幣、文字などの文明的要素は全てメソポタミアで誕生したものであった。それらの財産はメソポタミアからエーゲ文明に伝わり、ギリシャ文明からローマに引き継がれて今日に至っている。

 本書は、そうしたメソポタミアの、民族系統不詳のシュメルの都市文明からサーサーン朝ペルシアがアラブ人に滅ぼされるまでの歴史を描く。特に古代メソポタミアが歴史の主役たりえた新バビロニア王国時代以前が厚い。タイトルに相応しくメソポタミアの縦の通史を取り扱っており、文化芸術や信仰、産業が本文の中で解説されることは少ない。それらを知りたい人は同じ著者で中公新書から出ている「文明の誕生」「シュメル神話の世界」を読むといいかもしれない。その代わり、ページを操る毎にほとんどと言っていいほど図版が入れられている。さらに口絵はカラー写真となっており、読者サービスがいい。年表や地図ももちろん入っていて、完成度が高い仕上がりとなっている。10月25日には早くも重版されており、好著である証拠だろう。
 メソポタミア由来の西欧文明を取り入れて発展してきた日本にとっても、ここらでそもそもの歴史を振り返ってみることは無益なことではなかろう。
 
【目次】
はじめに
序章 ユーフラテス河の畔、ティグリス河の畔━━メソポタミアの風土
 一 メソポタミアとは
 二 メソポタミア南部の先史時代
第一章 シュメル人とアッカド人の時代━━前三五〇〇年ー前二〇〇四年
 一 シュメル人の都市国家
 二 ウルク市━━文字が生まれた都市
 三 ウル王墓の謎
 四 ラガシュ市━━シュメル学ここにはじまる
 五 アッカド王朝━━最初の統一国家
 六 ウル第三王朝━━シュメル人の最後の統一国家
第二章 シャムシ・アダド一世とハンムラビ王の時代━━前二〇〇〇年紀前半
 一 アッシリアの歴史はじまる
 二 アナトリアへ出かけたアッシュル商人
 三 シャムシ・アダド一世のアッシリア
 四 群雄割拠のイシン・ラルサ時代
 五 ハンムラビ王の統一
第三章 バビロニアアッシリアの覇権争い━━前二〇〇〇後半
 一 謎の強国ミタンニ王国━━前十六世紀末期から前一四世紀中期まで
 二 「アマルナ文書」が語る時代━━前一四世紀中期
 三 大国の仲間いりを果たしたアッシリア━━前一四世紀後半以降
 四 カッシート王朝のバビロニア支配
 五 ネブカドネザル一世のイシン第二王朝
第四章 世界帝国の滅亡━━前一〇〇〇年ー前五三九年
 一 世界帝国の成立
 二 先帝国期━━前九世紀
 三 帝国期の幕開け━━前八世紀後半
 四 絶頂期━━前七世紀
 五 文武両道のアッシュル・バニパル王
 六 バビロニア最後の煌き━━新バビロニア王国
終章 メソポタミアからイラクへ━━前五三九年ー後六五一年
 一 アケネメス朝ペルシア帝国のバビロニア征服
 二 ギリシア人の支配
 三 アルサケス朝パルディア対ローマ
 四 サーサーン朝のメソポタミア経営
あとがき